ユダヤ人と言語

Satoko Kamoshida's Blog 鴨志田聡子のブログ.

イディッシュ語新聞(ニューヨーク)

ところで、今でもイディッシュ語の新聞というのが発行されています。

そのひとつがこのフォーワード(フォルヴェルツ)です。

ノーベル文学賞を取ったイディッシュ語作家、I.B.ジンガー(シンガー)もこの新聞に書いていました。

ちなみにイディッシュ語の文字はヘブライ文字で、右から左に書きます。

yiddish.forward.com

ちなみに、フォーワードは最初はイディッシュ語版だけでした。

立山良司先生が『ユダヤとアメリカ - 揺れ動くイスラエル・ロビー 』(中公新書) などで参照されているが、日本でも結構知られている英語版のフォーワード↓は、イディッシュ語版から分かれてできたものです。

forward.com

 

 

イディッシュ語って

むかしイスラエル行きの飛行機の中でイディッシュ語の本を読んでいたら(必死に授業の予習をしていたのですが)、隣のおじさんがヘブライ語で「何読んでるの?」と話しかけてきました。

私は「これ、イディッシュ語なんだけど、予習しているんだけど、多分間に合わない、難しいよー」と言いました。

おじさんは「なんでイディッシュなんてやるの?」と聞いてきました。私が「イディッシュ語のことが大好きだから勉強してるんだよ。すごい素敵なことばだよ」と答えました。

おじさんは「そうだね。ぼくの家でも(家族が)イディッシュ語を話していたよ。イディッシュってことばは、甘くて(かわいくて)、面白くて(笑えて)、賢い・・・」となんともいえない幸せそうな顔で言いました。何年経ってもあのおじさんのセリフが忘れられません。おじさんはイディッシュ語は聞けばわかるけれど、話せないとのこと。そういう人がたくさんいます(今度かきます)。

 イディッシュ語はとっても面白いことばです。なんにも知らない人やちょっとかじった人は「ドイツ語とほとんど同じだっていうじゃない」って言います。

違います!!!

ドイツ語を勉強した後でイディッシュを勉強した時、ものすごい違うっていうことがわかってそれ以来、やればやるほど違うなあと思います。

興味を持たれた方は、とりあえずイディッシュ語の歴史の概説が書いてあるこの本を読んでみてください。

詳しくは日本が誇るべき翻訳!↓。

『イディッシュ語』(文庫クセジュ) 新書 – 1996/11 ジャン ボームガルテン (著), Jean Baumgarten (原著), 上田 和夫 (翻訳), 岡本 克人 (翻訳)

 

この本の著者のインタビュー動画はこちら↓。とても興味深い証言です。

Jean Baumgarten's Oral History

Jean Baumgarten | Yiddish Book Center

 

何年も前に初めてこのクセジュの翻訳本を読んだ時、この本を出してくれる出版社があるなんてとってもすごいなあ、ありがたいなあと思いました。

2017年5月のクレズマーイベントの予告

Frank London will be in Japan! May, 2017

2017年5月にフランク・ロンドン(Frank London)氏来日とのこと。YoutubeでFrank Londonで検索してみたらたくさん動画が出てきました。

東京、広島、京都でジンタらムータ(Jinta-la-Muta: Japanese Klezmer)さんと一緒にイベントをするみたいです。

ジンタらムータさんからもらったビラです↓。

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ポーランドとイディッシュ

ユダヤ人から聞いたジョークにこんなのがあります。

イディッシュ語を話す人なんてどこにいるんだい?」

ポーランドだよ」

別のユダヤ人からイディッシュ語を話す人なんてどこにいるんだい?」と質問をされて、「ポーランド」と答えたら、君このジョーク知ってるんだねと喜んでくれました。

私は2003年と2004年にリトアニアの首都にあるヴィリニュス大学でイディッシュ語の夏期集中講座に参加したのですが、ポーランドから結構たくさんの参加者がきていました。ユダヤを研究している人たちも多くいます。

イスラエル人の友人から、「ポーランドでイディッシュって今すごいクールなんだよ」と教えてもらいました。かつてイディッシュ語話者がたくさん住んでいた場所。自分の研究では後回しにしていたのですが、気になってはいました。

さらに気になり出したのは外大でイディッシュ語を教えるようになってからのことです。ポーランド語専攻の学生さんたちが「ポーランドに行ったとき、カジミエシュ地区でヘブライ文字を見た」、「あの壁の文字を読めるようになりたい」と話していたので、さらに気になってきました。

そこで、2016年の夏に個人旅行でポーランドに行きまた。ワルシャワから鉄道で南下して最後バスを使ってザコパネまで行ってみました。これがとりあえず観光客がよく行くルートらしいです(今度は北に行こうと思います)。ザコパネの湖↓

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色々見て回ったのですが、ユダヤ人地区(カジミエシュ地区。クラクフ(クラカウ)にあります)も行ってきました。個人的な感想としては、オシャレな感じ。周りの普通の道に比べて観光客で結構混んでいました。確かに建物の壁にヘブライ文字がありました。ヘブライ語だったり、イディッシュ語だったり。 

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その道端でソーセージ屋台(とても美味しい)を出していた若いユダヤ人に会いました。彼に聞いたのですが、結構ユダヤ人がこの地区に住みにきているとのこと。

そのソーセージの人もその地区に住んでいるとのこと。「ぼくの家はあそこ」と指差してくれました。自宅と職場が徒歩30秒という近さ。羨ましい限りです。

色々見て回った後、2003年にリトアニアの夏期講座で出会ったポーランド人の友達二人と再会しました。十年ちょっと経った私たちは、翻訳家、研究者としていろんな人生を歩んでいました。結局ユダヤとものすごく関係あることをやっているのですが。

イディッシュ料理を作ったのを思い出して考えたこと

結構前のことなんですが、2016年7月13日の午後に押立文化センターで、東京外国語大学イディッシュ語の授業の受講生の学生さんたちとイディッシュ料理を作りました。

皆さんが準備などいろいろ協力してくれて実現した一大企画でした。ちょっと大変だったけれど、やってみて理解できたり、思いついたことも色々あったのでよかったです。

料理っていろんなことを教えてくれるなあと思いました。

イディッシュ語を履修した外大の皆さんが一生懸命作ってくれた料理↓!

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ラトケス(ジャガイモのパンケーキ)、ヒンネル・ヨイヒ(チキンスープ)、サラダを作りました。

イディッシュ料理って、ヨーロッパのいろんな料理の混ざったものなんだなあ、文化って混ざり合っているんだなあ・・・。ちなみに手前のサラダは中東風。食べたくなったので例外的に作りました。

料理を作ることで会話がはずみ、料理も非常に美味しくでき、楽しく文化が学べました。

ちなみにこれはYoutubeより、「アイザックパールマン、パスオーバーポテトケーキを語る」偉大なるバイオリン奏者、パールマンイディッシュ語話者です。

www.youtube.com

ああ、イディッシュ。ああ、カナダ。 ah yiddish ah canada

イディッシュ語の新世紀」をテーマにしたシンポジウムがカナダの首都オタワでありました。

なぜカナダでイディッシュ?

19世のおわりから20世紀はじめ、カナダにはユダヤ人がたくさん移住しました。それでイディッシュ語話者も多かったので、カナダとイディッシュ語はとっても関係があります。

結構人が集まっていました。

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カナダに行くのは初めてだったのでホテルにたどり着けるかとか基本的なところから結構心配しました。

冷静に考えてみれば、英語が通じるわけだし、シンポジウムに行けばイディッシュ語が通じるわけだし、なんとかなるだろう。と思ったら気が楽になりました。

アメリカ大陸に行くのは十年以上ぶりでした。何が辛いかって、一番辛いのは時差ぼけでした。これまで、ヨーロッパ、中東方面の方が行く機会が多かったんだなって思いました。

私的にはオタワはとても自然が豊かな感じがしました。川沿いに紅葉していて、そこを散歩すると幸せでした。f:id:syidish:20170322182514j:plain

踊る、フェルトマン教授

ユダヤ音楽とトルコ音楽の専門家ゼフ・フェルトマン先生が、東京芸大で開かれていた音楽の国際学会にあわせて来日中です。フェルトマン先生はクレズマー音楽の演奏家でもあって、踊りもされます。

シアターΧでは、日本のクレズマー演奏家の演奏に合わせて、フェルトマン先生が観客を引き連れて踊るというイベントがありました。私も家族で参加しました。とても楽しかったです。クレズマーに合わせたダンスというのはこれまでも何度か経験しました。ただ、ステップが難しいです。ついつい先生の動きばかり見てしまいます。その割には盆踊りみたいな動きしかできません。

もう自分の身体に染み付いた動きから逃げられないのだろうか。「私どうしても日本人英語になっちゃって」とか言います(多分)が、おそらくそういう感じです。私も日本語以外の言語を話した時、自分に染みついた発音その他の日本語の感覚が抜けないのをしばしば感じます。

そういえば3月18日明治学院大学の講演会で、フェルトマン先生は、踊りそれ自体を楽しむことが重要だと、コミュニケーションが大事だとお話ししていたような気がします(うる覚え)。

以下、自分の励ましでもあるのですが。

完璧なリズムやステップを真似ることより、とりあえずは今の自分の力量で、誰かと気持ちよく交流して、その場を楽しむことって重要なんだなと思いました(たとえ修行中の身でも。きっと一生ずっと修行なので)。

言語学習でも同じようなことが言える気がします。