ユダヤ人と言語 Jews and Languages

みんな何かでマイノリティ。鴨志田聡子のブログです。All of us are minorities. By Satoko Kamoshida

理不尽と、ことばの力

不幸にも、理不尽にぶちあたってしまったとき、みなさんはどうしますか?

そんな時こそ、書く力を発揮できるのかもしれません。書くことで自分も救われるのかもしれません。良心がある人がそれを読んでくれたら、理不尽に傷つけられた魂はだいぶ癒されるのかもしれません。私は書くことの重要性をイディッシュ語の作家たちから学びました。

自分はどのことばなら書けるのか、誰に向けて書くか、何のために書くのか。ユダヤ人たちとイディッシュ語で文学を読みながら考えさせられました。もし彼らが書かなかったら、私は何が起こったかを知ることはなかったと思います。東欧でのユダヤ人の生活、ユダヤ教のこと、移住のこと、ホロコーストでの犠牲、イスラエルでの生活など、イディッシュ語の作家たちは、今と未来の仲間たちに向けてメッセージを発信していたのだと思います。イディッシュ語でなければ書けなかった作品が大部分だっただろうと思います。

みなさんもご経験があるのではと思いますが、私はちょっとした伝達のメッセージでも、手紙でも、レポートでも、論文でも、ただ書くだけなのに結構大変な思いをしています。中でも、辛いことや言いにくいこと、自分でも何が起こったのかわからないことを書くのは大変です。

イスラエルイディッシュ語文学の研究者によれば、ホロコーストユダヤ人の作家たちはしばらくその現実を書けなかったそうです。東日本大震災と福島の原発事故からしばらくして、日本の作家が同じような話をしていた気がします。

自分たちに何が起こったのか受けとめてことばにする作業は、かなりの苦しみと痛みをともなうけれども、自分を救うためにも、何があったかを明らかにするためにも、やれる人がやらなければいけないのだろうと思いました。

先日、ホロコースト生存者の知人の奥さんからご主人が亡くなったという知らせを受けました。私は9年前くらいに博士論文のための調査をしていたときにその方に出会いました。
(そのあと書いた博士論文『現代イスラエルにおけるイディッシュ語個人出版と言語学習活動 』こちらです。)

亡くなったその方は、ホロコーストで自分に何が起きたのかについて、イディッシュ語で話してくれました。奥さんも同席していて、最初はみんなでヘブライ語で話していたのに、ホロコーストの回想がイディッシュ語になったことに驚きました。ホロコーストについてはたくさんの人が書いていますが、まだまだ書かれていない現実が人の心の中にたくさん眠っているんだと感じました。このインタビューはまだ私の心の中にしまってあって、何もしていません。これはいつか何とかしたいと思っています。

そして、私個人も言語化できない体験はたくさんあるのですが、言語化すると、何が起こったのか整理できて、もし恵まれていれば誰かがそれを読んでくれます。理不尽なこと、悲しかったこと、そして、嬉しかったこと、ほっこりしたことなど、ことばにすれば遠くの人にも未来の人にも届けることができます。

どのことばで誰に届けるか、自分はどのことばならそれについて書けるかというのは、複数の言語を使う人にとってはいつもあるテーマなんじゃないかと思います。


最近偶然見つけた看板でしたが、じっとみてしまいました。
お互いの理解を促進するため言語化するのも一つの有効な手段だと思います。