ユダヤ人と言語 Jews and Languages

みんな何かでマイノリティ。鴨志田聡子のブログです。All of us are minorities. By Satoko Kamoshida

スペインに行ってきました

学会発表があったのでスペインに行ってきました。出発前までキャンセルの可能性も考えました。家族にも近所の人たちにも心配かけて、行って本当によかったです。

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↑この研究所で会議がありました。

自分が普段授業をしながら考えていることを発表でシェアしました。質疑応答の時やその後の交流時間にいろんな人から話しかけてもらえました。他の人と問題意識を共有できるって良いですね。たくさんお話しできて良かったです。

カラッとしていて日本よりだいぶ涼しく感じました。日差しは強いけれども、影を歩くとそれほど辛くなかったです。影ができるように通りをつくっているんじゃないかと思ったりしました。

カフェやバーが沢山あって、暑くても、どこかしらに避難できるのもすごいなと思いました。

 

つづく

探究学習

都内の市立の女子校で「探究学習」をテーマに講演をしてきました。高校生との質疑応答の時間や、脳科学の研究者とのパネル・ディスカッションもあって楽しかったです。

生徒たちからの質問では、探究のテーマの選び方について悩む人たちが多いのかなと思いました。自分がそのテーマにどのくらい時間がかけられるか、期間内にどのくらい明らかになるかわからなくて、手探りだと思います。一生かけても終わらないテーマも一部に取り組んでも良いし、やるほどにわからなあくなるテーマに取り組んでも良いかもしれません。グループで分担して一つのテーマに取り組むのも楽しいと思います。とにかく好きなこと、気になることからどんどんやってみると良さそうです。

新学習指導要領で探究学習が取り入れられるのですね。
総合的な学習(探究)の時間:文部科学省

  総合的な学習(探究)の時間は、変化の激しい社会に対応して、探究的な見方・考え方を働かせ、横断的・総合的な学習を行うことを通して、よりよく課題を解決し、自己の生き方を考えていくための資質・能力を育成することを目標にしていることから、これからの時代においてますます重要な役割を果たすものである。(総合的な学習(探究)の時間:文部科学省
より)

生徒たちが自分のテーマに楽しく取り組めると良いですね。進路決定に影響する人たちも多く出てきそうです。
高校で探究した人たちが大学に入ってきたら、またお話をききたいです。

暑くて

近所にある野菜の直売所でボランティアをしています。今朝もマスクをしながら販売。販売自体はとても楽しいのですが、暑くて暑くていつもの声や笑顔が出ません。
直売所の奥の涼しいところにかかっていた温度計も37.5度でした。

突然直売所の前に自転車が現れ、キュッと止まったかと思うと、乗っていた人が野菜の名前だけを言いました。
私は「100円です」と言いました。
お客さんは、100円置いて、逃げるように走り去りました。
ありがとうございますと言って、彼女の背中を見ながら100円をしまいました。なんとも言えない虚しい気持ちになりました。
結構高齢だったし、暑すぎて大変だったんだろうと思うことにしました。

普段雑談してから帰るお客さんも、一瞬で帰ってしまいました。こちらも会話が弾んだら倒れそうです。
この暑さでは。

こんなに暑いのによくやっていられますね。と言ってきたお客さんもいました。
こちらはほとんど放心状態で、会話にならなかったけれど、割と私も、立っているのがやっとです。

立派な白ナス、なぜかなかなか売れません。
絶対買ったほうが良いのに。
私の一番のおすすめなのに。

一方で、端っこに重ねてあるきゅうりは、
いつもよく売れます。

何もすすめなくても売れるものがあり、
すすめても売れないものがある。

いくら良いものでも、みんながその価値に気づくまでは、
しばらく時間がかかるのだろうと思うことにしました。

地獄のような暑さの中でも、ぴかぴかひかる野菜たちがまぶしかったです。

照りつける太陽、灼熱地獄。

今私はエルサレムにいる、テルアヴィヴにいると自分に言い聞かせて、なんとか夏を乗り切ろうと思っています。エジプトやイスラエルでフィールドワークしたときに着ていた服を着て、自分は「現地」にいると信じ込もうとしています。

天国のような日陰で畑の皆さんとお茶をしました。
夢のような時間でした。

家に帰って、夫が茹でてくれたそうめんと、畑の野菜を食べました。
とても元気になりました。

野菜の値段だけ言って100円置いて去った人の話をしたら、家族が「その人はいつもSiriを使っているんじゃないか」と言いました。なるほど。

みなさんもどうかご無事で。

パスポート

パスポートの有効期限が切れていたので、新宿のパスポートセンターに行き手続きをしました。とても空いていました。

パスポートの写真も都庁の下で撮ってもらいました。仕上がりは「これを10年も使うのか」という感じの顔でした。もう1回お金を払って撮ってもらおうかと思いましたが、プリクラじゃないし、たいして変わらなかったらショックだし諦めることにしました。このくらいさえない表情の方が、顔の照合にはちょうどよかったかも知れません。飛行機に乗るときも降りるときも、普段より疲れているでしょうから。10年前の写真と比べてしまいました。数年前まではここまでくたびれていなかったはず。コロナ禍で10年分くらい老けた気がします。

ある程度年齢が行ってから若返っていく人がいるので、私もそうなると良いなと思っています。

今日は午前中からお天気がイマイチでしたが、運良く雨も止んで、都庁の緑がきれいでした。

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放送大学での集中講座

放送大学での集中講座「ユダヤ人の言語と文化」が終わりました。

受講してくださったみなさん、ありがとうございました。マスク着用ではじめてのことを学ぶ集中講座はハードだったのではと思います。どうかゆっくりお休みできますように。

授業は最初ちょっとかたい雰囲気ではじまりました(きっとみんな初対面で緊張しますよね)。けれど、受講している皆さんからの質問やコメントがたくさん出てくると私もあったまってきて、のってきました。

イディッシュ語の文学をみんなで一緒に良んで、読書会をしたのですが、解釈や感想のやり取りが活発に行われました。いろいろな意見が出て驚きました。割と発言しやすい雰囲気があった気もします。日本の授業なのに、イスラエルイディッシュ語読書会みたいに活気があって、嬉しかったです。

日本ではまだまだユダヤの言語や文化はマイナーな話題です。なのでそれを同じ時期に同じ場所で受講した人たちというのは、ある意味同志だろうなと思います。

活発なやりとりにもかかわらず、予定していた内容は予想より早く終わり、驚きました。なので、こちらも嬉しくなって、授業内容を受講していたみなさんにの興味に合わせて増やしていきました。やる気って大事なんですね。

初めて会ったであろうみなさんが、だんだん打ち解けていく様子や、助け合っている様子をみて、素敵なクラスだなと思いました。

この集中講座を通して、改めて学んだことが私もたくさんありました。これまで自分が知らなかったこと、横に置いておいたこと、考えもしなかったこと、忘れていたこと、完全に勘違いしていたことなどに気がつきました。私もとても勉強になり、成長できたなと思います。とっても楽しかったです。

後期にも放送大学で集中講座をします。「次も来るから!」と言ってくれた方もいらっしゃって、感動したんですが、本当に再会できたら嬉しいだろうなと思いました。

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ドクダミも結構綺麗だと思いました。

ハイブリッドのシンポジウムに出てみて

この前、とあるシンポジウムに参加しました。オンラインでも対面でも参加できる会でした。

別の用事を諦めてまで行くものだろうかと悩んだんですが、オンラインで参加することにしました。

最初は実際に会場を訪れてみなさんにお会いしたいなと思いました。でも、コロナも心配な上、会場までの道のりもそれなりに遠いので頑張れないなと思いました。

丸一日オンラインでシンポジウムに参加しました。まず、よかったなと思いました。ハイブリッド方式は大変そうでした。会場の音が聞こえなかったり、エコーが聞こえてしまったり。でも1日かけてその都度修正をかけて最適化を目指すような会でした。ここまで思い切れてすごいなと思いました。

そのシンポジウムで海外の研究者や作家、実業家がオンライントークしました。地球のいろいろなところにいるみなさんにとって、都合の良い時間に講演時間を設定したのだろうなと思いました。地球が丸いのを感じました。途中、アジアの昼は、アメリカもヨーロッパも多くの人は寝ているような時間です。そのときは日本に住んでいる研究者や実業家のトークがありました。1日で世界半周ちょっとした気分でした。

朝から晩までは長かったです。いろいろあった週の日曜日、オンラインで繋がってみて、予想以上に疲れました。翌週はルーティンすらあんまりできないくらい、疲れていました。5月は本当に大変でした。もうすぐ6月ですね。世の中は落ち着かないですが、少しでもホッとできる時間がありますように。

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まがった木

学生の初回発表

今日は学生がスティーヴン・スピルバーグについて発表してくれました。担当の人たちは一番最初の発表でしたし、準備が大変だったかもしれませんが、立派でした。私は初回の発表が刺激的で嬉しかったし、ほっとしました。
発表担当の学生たちは、スピルバーグの代表作の一つ『シンドラーのリスト』、この映画とクロード・ランツマンの『ショア』の比較、スピルバーグの作品への批判の分析、映画"The Last Days"(スピルバーグ他によるドキュメンタリー)、スタンリー・クーブリックの未発表映画"The Aryan Papers"などについて説明してくれました。そして最後に議論ができるようにみんなへの疑問を投げかけました。
学生の発表をきいていて毎回、私がただ授業するより学生同士で学ぶほうがずっと良いと思います。同世代の人が何を考えているのか聞くのはとても刺激的だし、参考になると思うからです。
ディスカッションの練習、意見交換をしながら、発表テーマを発展させて、今起こっている問題を改めて考えることもできたと思います。こちらも勉強になりました。学生に発表してもらうまでは、担当講師も最初はちょっとがんばる必要があると思います。学生が自分たちで議論できるまでの司会かもしれません。学生が取り組むテーマが全くはじめてのことであれば、ちょっとヒントを伝えて、疑問点があったり資料がうまく見つからないようであればちょっと助けると、学生はちゃんと調べたり考えたりできると思います。でもうまくいくのは、私がとても学生に恵まれているからかもしれません。それでも毎回試行錯誤して、誰かに相談したりしてます。
今学期のクラスには、アフリカからの留学生2人、アメリカからの履修生が1人います。そして日本の学生は、私よりずっと若いです。みんなこちらが思いつかないような視点を提供してくれて非常に刺激的です。とっても英語が上手な人はたくさんいますが、英語が母語でない人がほぼ全員だと思います。みんなで英語を使うことで、共通認識は何か、お互い知っているようで知らなかったことは何か、相互理解の落としどころはどこかを探そうとしている感じが伝わってきます。
英語で授業する意味についていろいろ考えてきました。あれこれ考えるよりも実際やってみるほうが、英語で授業する意味を見いだせるなと思いました。
私が大学生のときに英語反対主義みたいな流れがありました。マイノリティ言語に興味があった私も、いろいろ読んだり話をきいたりして考えました。いろんな人の考え方に触れてはみたももの、深く考える前に実践して、やりながら考えることが私には合っているのかもしれないと改めて思いました。

授業の後散歩したら緑がきれいでした。「今日高尾山に行ってきた」という人に会いました。京王線の駅から相模湖まで歩いたのにすごくお元気そうでした。憧れます。

受講している授業、自分がやっている授業

近況報告です。3月からやっていたことで、今日終わったことが2つあります。

まずひとつ目は、毎朝オンラインで受けていた海外のイディッシュの語の授業です。4つ受講していて3つが終わりました。あと1つは受講できずに毎回ビデオレターを送って友情出演しています。後で録画を見ています。終わったことのふたつ目は、書類の提出や修正です。書類は苦手なのでひと段落して本当によかったです。

イディッシュの授業は毎朝大変だったのに、終わると寂しいです。達成感とともに空虚感が(ここ数年は毎回そうです)。授業がない期間は、イディッシュを話す日が週1、2回になってしまいます。

海外のイディッシュ仲間は、今後の予定を話していました。夏休みにイディッシュ語の集まりもあって、久しぶりに再会する人たちもいるようです(私も行きたかったですが、ちょっと思い切れませんでした)。夏を前に、すでに久しぶりに海外から来た家族や仲間と会っている人たちもいるようです。

「みんなが渡航しはじめたから、ズームでの集会が今後もどんどん減っていくのでは」と心配している人もいました。ズームで続けるか、対面に切り替える(戻す)か、ハイブリッドにするか。議論があります。対面化で、2年以上のズーム生活を一緒に過ごした仲間を失う可能性があります。

私は極東アジアの住民で、地理的に孤立しているので今後どうなることやら。コロナ禍突入時から急にオンラインのイディッシュ集会が増えたので、繋がれて嬉しかった反面、その環境をいつ失うことかと心配でした。コロナ禍初期にあまりに長い間心配したので、今ではある程度は吹っ切れてはいるつもり…です。海外で対面化が進んで、もし自分が孤立したら悲しいけれど、自分に起こる変化に興味があります。

話を海外の授業も学期末に戻すと、北半球に住んでいる人たちは夏休みの計画を話していて楽しそうです。この夏はどんなことが起きるんだろうな、私もできればみんなと一緒にいたいです。南半球の人は「これから寒くなる」とのこと(季節が逆なのに、同時に会っているので不思議です)。

私はというと、これからは日本の用事が続きそうです。海外の授業が終わるところに日本の予定を入れたのでした。計画通りといえばそうなのですが、これから暑そうだし、みんなが夏の計画を話しているのに、私にはまだまだ夏休みが来ないのは、ちょっときついです。

でも良いこともたくさんありそうです。東京外大の授業では、学生の英語プレゼンが始まるところです。ユダヤ集合的記憶を軸にいろんなテーマで発表してもらいます。

プレゼンが始まるまでの前半(4月から今まで)は、30人くらいいる学生にテーマを選んでもらい、テーマごとにグループを作ってもらいました。授業やその他の時間を使って、学生に調べたり話し合ったりしてもらいました。これからのプレゼンはそれをシェアして深めていくことになります。楽しみです。授業は全部オンラインなのでグループづくりはちょっとハードです。最初ひとりで全部やるときはきついですが、学生に協力してもらえるようになると、だんだん楽になってきます。ありがたいです。

私は学生のコメントを読んだり、質問を受けたり、学生同士の話し合いを聞いたりするのが好きで、すごく面白いと思います。多くの学生がユダヤ人についてはあんまり知らないと最初に言っていました。学生がだんだん自分の興味とテーマを結びつけていくのがわかります。深いテーマや捉えにくいこと、マイナーなことに取り組んでいる人たちもいます。悩んでいる人もいるようです。できるだけ知識や考えや気持ちを伝え合うことで、私も含めて皆で成長の過程を歩んでいるのだなと思います(涙)。いつも悩みながらの授業です。

こうして夏までは外大のオンライン授業を続けます。これに加えて対面の集中講義と、講演や発表をします。さらに7月になると、オンラインでイディッシュやラディノの講座を受けることになりそうです。盛りだくさんなので、無事に幸せに過ごせると良いなと思っています。

あとは、7月末に渡航しなければならなくなりました。これは学会発表のためです。今日になって対面でのみ実施?オンラインでの発表不可と知りました。2年間延期になっていたことです。あっちに行っていろんな人に会ってきます。そにためにこれからパスポートの更新、苦手な書類の作成、飛行機の予約や宿の手配が必要です…。書類はいつも間違えないようにと一生懸命書いていますが、また間違えてしまうことでしょう。もっと発表内容に集中したい。そんなのぜいたくでしょうか。勇気を出してがんばります。

皆さんもお元気でお過ごしください。

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丸の内

zoomの録画視聴がつらい件

zoomの録画視聴が90分の授業3回分たまってしまいました。せっかくだから集中してみたい270分の視聴、いつやろう。考えただけでつらいです。

オンライン授業を受講している皆さんはどうしていますか。自分が講師をしている授業では、ライブ参加が多いです。ネットの調子が悪いとか都合が悪いとかでなければ、参加してくれているようです。

私がためてしまっている(90分のを3回分)のは、アメリカを拠点に行われるイディッシュ語の授業です。私はずっと出ていたその授業に、今年の3月から出られなくなりました。同じ時間に古イディッシュ語の授業が開設されたのです。私はついに古イディッシュ語を学べる時がきたのか!と興奮しながら、そちらに出ることになりました。この授業の教科書を書いたのは、リトアニアで初めて私にイディッシュ語を教えてくれた先生です。出るしかありません。受講が近づいてきて先生からメールが!同じ時間に行われる2つの授業を両方とらなければいけない事態になりました。

まさかイディッシュ語の授業がかぶるなんて。そしてどっちも出るように言ってもらえるなんて、自分でもびっくりです。「イディッシュで忙しい」は、ずっと夢見ていたことですので(喜びの悲鳴)。

困っ出られなくなった授業の先生と話して、先生から「日本からの質問ビデオレター」方式でいこうという提案がありました(先生の発想はいつも、天才的です)。私はビデオレターを送ってそれを授業中に流してもらって、その授業の録画を後でみるという方法で参加することになりました。

それからというもの、いつもそのビデオレターを作るために、私は以前にも増して予習して、水曜日の夜中、カメラに向かってしゃべってます。何度も撮って、たくさんNG出してます。毎週録画の時、最初は緊張しますが、ミスしまくると、だんだん緊張しなくなるから不思議です。子どものころにみた芸能人のNGビデオみたいに、NG出すとひとりでも笑ってしまうから不思議です(夫は私のビデオ撮影が終わるまで、寝ないで待っていてくれます。のろけているわけじゃないですが、優しいなと思います)。

で、ビデオレターができたら先生にそのファイルを送って任務の前半は完了です。先生がそれを授業中に流してくれます。しばらくしてから授業の録画が送られてくるので、それをみれば良いのですが。そこが難しいです。

授業動画の視聴、最後までペースよく頑張ろうと思っていました。でも過越祭とGWのためにおこった「気の緩み」でしょうか3回分ためてしまいました。気が重いです。

私には絶対ライブの方が合っているなと思っています。まずライブの方が自分の場合は「みんなに会う」ということがモチベーションになって、時間を作って毎回出席します。授業を聞きながら即興でコメントを考えられます。そのあと大興奮とともに、どっと疲れも出るのは確かなのですが、先生や受講者、ゲストと「一緒に時間を過ごした」という何ものにも変えがたい喜びがあります。

ライブででればひとえに感動的な時間ですが、ひとりぼっちで録画で90分みるのは、私にとってはきついです。

それでもビデオレターをつくることと、その予習で勉強と交流はつづけられてます。それをウェルカムしてくれたイディッシュのとってもインクルーシブな仲間たち(先生も含め)に感謝の気持ちでいっぱいです。

ついでに、私もいい授業するぞ!とモチベアップです。

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↑全く関係ないですが、うちのかわいいぬいぐるみの写真。

草刈り

今日、草刈りをしました。多摩川沿いです。

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道ができました。

みどりのにおいがして、気持ちよかったです。

この前のブログにも書いたんですが、ゴールデンウィーク中に高尾山に行きました。高尾山の自然がきれいで、ここを管理している人たちはだれなんだろう。かなり大規模な活動だろうなと思いました。

今日気づいたのですが、自分が多摩川の自然にかかわっているからこそ、感じられたことな気がします。視野が広がってよかったです。

多摩川でなにかとお世話になっている方が、高尾山で活動されているということも知りました。なんと。

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多摩川に来ると、毎回景色が変わって楽しみです♪

このダイナミックな木のことについては、いつどうなるんだろうと思っています。

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今後ちょっとお天気が心配ですが、また来週草刈りにいきたいです。

明日から連休明けですね。皆さんもお元気でお過ごしください。

自分の聖書のこと

私が長く持っている本のひとつに聖書があります。カトリックの学校に入ったときに配られたものです。中1でした。シスターから指導されるままに鉛筆で書いた学校名や学年、名前が最後のページに残っています。

聖書はその学校で宗教の時間に読むくらいでした。それでも中高時代を一緒に過ごした聖書は馴染み深くて手ばなせず、そのまま持っています。

大学卒業後にイディッシュ語を学びはじめ、それゆえユダヤのことを学ぶ必要が出てきました。とくに旧約聖書(ユダヤ教の聖書)の知識が欠かせないことがわかってきました。イスラエルに留学した時もその聖書を持って行き、たまに読んでいました。今でもしばしば参照しています。

一方で、ここ20年数年ほぼ読む機会がなかった新約聖書。今日、用事があって見てみると、中高校時代にシスターと読んだ懐かしい箇所を発見。聖書の紙にもそれなりに触っていたあとが残っていました。イエスがいろんな奇跡を起こす箇所です。

昔はそんな奇跡が起こるかな?というところで私の考えは止まっていました。いろいろ勉強したおかげで、イメージも膨らむようになり、今はシーンを思い浮かべることができます。自分でそこに行って、人と交流してこそ、文章を読んでいても想像が広がるのかも。一方で読むこともとっても大事ですね。

それにしても、中学に入ってから20年弱で、聖書に載っている場所に本当に行くことになるとは。大学院時代に意を決していきなり留学した自分に自分でびっくりです。

今日リビングで聖書をみてたら、家族から小さな文字を見て目が痛くならないのか聞かれました。そういえば相当小さな文字。でもスマホより全然ましです。眼精疲労たまり気味の私の目に優しいのは、やっぱり紙の方です。あとはこの聖書に自分が慣れているからかもしれません。というのも、この前別の聖書(日本語)を読んだら、自分にはちょっと読みにくく感じました。その聖書もきっとよかったのですが。何十年も持っていると自分の方がそのフォント、紙、製本、そして翻訳になじみそうです。訳語にかんしては、たまに原文や英語、イディッシュ語訳が気になることがあります。

ヘブライ語、英語、イディッシュ語の聖書がオンラインで読めて、検索できて便利です。でも紙はやっぱり格別に良いなあと思いました。両方あると便利ですね。

GWの高尾山

新緑の高尾山に行ってきました。

上まで行くと東京がよく見えました。

人が多くて展望台は譲り合いな感じですが、それでも新宿などはぱっと見でわかりました。

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山から山を見ると気持ち良いですね〜。

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小さなお子さんから長老、わんちゃんの散歩的登山からマジなランニングまで、登山者のスタイルは多様でした。幅広い人のニーズにこたえている高尾山って、すごいなと思いました。結構混んでいますが、それでも何とかなったので、キャパも大きめなのがよく分かりました。

いろいろな登り方や降り方があって、何度登ってもおもしろいんだろうな、また来たいなと思いました。

20年くらい前に湧源クラブ(という理系の研究者のサークルみたいな団体)の仲間と何人かで高尾山に登ったことがあります。昔すぎて、当時のことを思い出そうとしても、どこかでそばを食べたことと楽しかったこと、電車に乗ったことくらいしか思い出せなかったのです。誰がいただろう。お蕎麦屋さんと電車の時刻を決めてくれた人がいたけれど、それは誰だっただろう。

でも今回高尾山の頂上に着いたときに、あ、みんなでここに来たな!と思いました。あの時は、頂上にこんなにたくさんの人々がいなかった気がします。

あの時は全然気づかなかったんですが、今回は、高尾山のスピリチュアルな世界も垣間見ました。

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「三密」の文字が目をひきます。解説もありました。

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もちろん通りました。

緑がさわやかで、来ている人たちもやさしくて、トイレもきれいで安心でした。なんか面白かったです。

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輪読は燻しの時間

大学生の頃、先輩がドイツ語文学の輪読に誘ってくれて、参加していました。先生がパイプをふかしながら相手をしてくれて、2人の先輩と私の合計4人でテキストを読みました。一体誰が書いたものか覚えていないけれど、夢と現実を行き来する人のちょっとクレイジーな話でした。テキストが難しいけれど面白かったのと、私が全然うまく訳せないのにみんな優しかったということはよく覚えています。

それと、2人の先輩のうちの1人が、輪読前に一度一緒に読んで何が書いてあるか、文法がどうなっているかを教えてくれたのもよく覚えています。感謝しかないです。

輪読中の濃いパイプのにおいと煙は、輪読の課題と我々を燻しました。先輩の1人はヘビースモーカーで、学食などでも吸っていました。今でこそ副流煙でもアウトな私ですが、当時はけむいと仲間と一緒にいるという気分になれました。

大学院時代(私は別の大学に行ったのでした)の途中から、私は「時間がない」という気持ちを激しく抱くようになりました。とにかく大学院の課題と問題をこなす一方で、自分でイディッシュ語の勉強を続けました。輪読に参加できなくなりました。

輪読してくれた先生の研究室は、ビルごとなくなり、建て替えられました。

ビルが新しくなってから、学部時代からお世話になっている先生を訪ねて行きました。輪読の先生は退職されていました。喫煙所も分けられているようで、煙臭くなくなりました。

でも人はつながっているから、当時のことをご存知で私のことを覚えてくださっている先生は何人かいらっしゃって、なんかホームを感じます。

古いビルと同じ場所にある新しいビル。入るとちょっとセンチになりました。でも、もとあったビルの一階にあって、私が大好きだったタイルの芸術みたいなのがありました。そのまま新しいビルに移されていました(本当によかったです)。建築家ってすごいな、これが好きな人自分以外にもいたんだなと思いました。

数年前に、輪読の先生と近所でばったりお会いしました。号泣してしまいました。いろいろなことをとりとめもなく話したのに、長い時間をかけて聞いてくださいました。先生とはそのうち何度かばったりお会いするようになって、私はメソメソしなくなりました。

時間がいくらでもあるように感じていた時期の幸せなできごとを思い出すたびに、ちょっと涙がこぼれるのでした。

最近は、そんな場ををつくるために、自分はどうしたら良いのだろうかと考えています。でも結構忙しい毎日で、いつもどうなっているんだろうと思いっています。

そんな私ですが、今、京王線に乗ってなんかのんびりしてます。これから、高尾山に登ります。

イディッシュとGW

海外のユダヤ人の授業やイベントはゴールデンウィークも関係なくあるので、海外の人たちとのイディッシュ語の勉強はお休みなくできます。

今朝はみんなでI.Bジンガー(I.Bシンガー)を読みました。妻が出て行ってしまった男性の話。かわいそうでした。作品内ものイディッシュ語の単語が難しくて、音も読みにくかったです。私は他の研究者に「要は何の話か」をイディッシュ語で説明してもらってやっと概要がわかりました。

それにしてもイディッシュの人たちめちゃ優しい。GWだしサボろうかともと思ったけど、出てよかったです。

西成彦先生がやっていた読書会で私はジンガーの「息子」という作品を担当して、何週間も京都に通って訳したけれど、あれも難しかったです。読書会の皆様は私の音読と翻訳をきくのによく耐えてくれました。

ジンガーを読むといつも西先生のことを思い出します。西先生ありがとうございました。

読書会が終わって、メールを書いて、ちょっと翻訳のお手伝いの作業をしました。

GWだしということで、ランチは夫と自転車で出かけることになりました。部屋の中で結構寒かったので、ダウンコートを着て外に出ました。最初ひんやりしてたんでダウンでよかったー、と思ってたらめっちゃ晴れてきました!

自転車から見えるお散歩中の半袖の園児たち。朝はそれなりに寒かっただろうに超元気です。

今日もイディッシュできたし、晴れてよかったなあと思ったのでした。

新聞の日付と浦島的状況と

今日たまたま2020年6月の新聞を目にする機会がありました。あれ、6月の新聞?今日4月じゃなかったっけ?時が一瞬止まったよう。感染者数が随分少なかったので、気が付きました。もう2022年なんですよね。
それで改めて、2年以上コロナ禍だったんだなあと思いました。移動したり対面したりすることが激減し、様々なことがオンラインに切りかわり、思いもよらなかったことが次々と起こりました。前によく着ていた服を着ることがなくなり、気づいてみれば、パジャマを着ている時間が一番長くなりました。ヘビロテされたパジャマたちは、ボロボロになってしまいました。
振り返ってみれば、この2年間はとても短く、あっという間に過ぎました。時々鏡をじっくり見るとパジャマだけではなく私もボロボロ。結構白髪も増えていて、浦島太郎的な気持ちになります。龍宮城にはいかなかったけれど。
もともと背水の陣、火の車的になってしまった人生なのに、この2年は自分に加えて社会の状況が悪化、辛くなることも多くて、本当に苦しかったんです。でも、これまでよりもイディッシュ語に注力できたので良かったです。これもいろいろな意味で生命の危機を感じる機会が多かったからかなと思います。今考えてみると。
この2年に自分の生活がガラッと変わり、近所の人と話す機会ができました。縁あってコロナ前から住み始めた場所。以前は隣人と話す機会はほとんどありませんでした。でもコロナ禍で子どもの学校が急に休校になり、「不要不急」の外出ができなくなりました。ベランダから、人が、とくに子どもが歩いていない、人の声がほとんどしない異常な近所の景色を眺める時間が増えました。
何が「要」で、何が「不要」なのか、もんもんと考えていました。私にとってはイディッシュ語とラディノ語が「要」で「急」だと頭と心に言い聞かせて、生きました。激しい毎日を送ったのだし、白髪も増えるわけです。
でもイディッシュ語やラディノ語の仲間たちは海外にいるので、今日に至るまでオンラインでしか会えていません。毎日会えているような状況が奇跡なので、贅沢は言えませんが。
こういった、ちょっと人恋しい状況で、私はだんだんと近所の人たちの活動や自然に興味を持つようになりました。自分でアンテナをはりだすと、ありがたい機会がもたらされるから不思議です。ここのところ縁あって、都市農園や、水辺の楽校という活動にかかわっています。屋外で作業をしたり、お茶をしながら近所の人と話したりするのですが、それがとても刺激的です。生きることについていろいろに教わる事が多いし、ふとしたことから世の中や自分自身に対して発見をしている気がします。
こういった集まりに参加していて、優しい人たちとテーマのある活動をして、ちょっとお茶を飲むようなことも「要」で「急」だったんだなと思います。まずは心のむくままにぶらりあるき出しただけでしたが、やってみてよかった(ふとイディッシュ語の集会と似ている点をたくさん見つけます。それはいつかどこかに書くかもしれないです)。
あと、「急」に「要」だと思ったのが、ふと心に浮かんだ若い時からの知り合いとの再会や連絡です。ときが遡るような感覚が新鮮でした。何者でもない自分そのものを受け入れてもらっているような感じで、幸せでした。私は優しい人たちに支えられて生きてきたし、いまもそうなんだなとしみじみと感じました。

私は感じやすく傷つきやすい人間なので結構大変なのですが、おかげさまでガラスのハートも癒やされて、助かります。皆様に本当に感謝しています。ありがとうございます。