ユダヤ人と言語 Jews and Languages

みんな何かでマイノリティ。鴨志田聡子のブログです。All of us are minorities. By Satoko Kamoshida

回想 パリに来るまでのこと

パリで研究する話が出たのは7月の終わり、思い切ってスペインに行った時のことでした。CERMOMという研究所に客員研究員としてくる話が進んだのは、9月中旬以降、それから書類を集めてビザの申請をしました。ビザが送られてきたのが9月末でした。それからすぐ飛行機を予約しました。

10月10日に狛江市で、地元の人たちが念仏講(今度これについて書きたいです)を実践するという、私にとって(も)とても大事な予定があったので、それまでは日本にいました。それが終わってからすぐ出国しました。私は母親のジレンマを強く感じたけれど、自分の中や外の何かに強く押されるような感じがしてやるっきゃないと思いました。夫と子どもと義理の母はばっちり応援してくれました。私もこのチャンスを逃したくなかったのでした。

家族と別れるのが辛くて毎日泣いて過ごして、辛かったです。でも私ががまんすると良いことがないのでやるしかないと思いました。思い切ってこっちに来てしまったけれど、本当によかった。

本当にありがたいことに、物凄いスピードで住む場所も決まり、ビザもとれて、いろいろな人たちが協力、理解してくれて今回の渡仏が実現しました。「鴨志田さんのことを邪魔しちゃいけない」と言って、前からのお約束を「断って」くださった先生もいました。「今度また頼む」と言ってくださった先生もいました。近所の畑の人たちが「子どもの面倒はここで見るから」と。考えると涙が出てしまいます。

パリのユダヤ学の先生と「ネス(ヘブライ語で「奇跡」)だね」と話しました。

イスラエルイディッシュ語の仲間が「何でイスラエルじゃないのー?!」と言ってくれました。そして「近いから来なさいよ」と。正直嬉しいです。確かに、イスラエルに行くのは一番か二番目の選択肢だったのですが、決まる時は突然決まるもので、フランスに来ました。不思議です。私は何よりもイディッシュ語の仲間が私がラディノ語(ユダヤスペイン語、ジュデズモ)に一生懸命なのを受け入れてくれていることが嬉しいです。イディッシュ語とラディノ語にはいろいろ軋轢があるようなのです。これについては今度どこかに書きます。

ゴタゴタと駄文を書いてしまったけれど、何が言いたいかというと、何か迷っている人がいたら、どうか一歩踏み出してみてほしいです。私も踏み出さないと何も起きませんでした。

私の方も次は軌道にのるまでとりあえずやってみます。